朝日新聞のbeに理系に関する記事がありました。「いまの理系志望の高校生の大半は、なぜヤジロベエが釣り合って倒れないのか、説明できない」の一文がまだ心に残っています。
人によって意見が分かれる文章です。
「進学のためだけの勉強しかしていないからだ。質が落ちている」とする人もいれば「自分の好きなものに没頭しているだけで質が落ちているわけではない」とする人もいるでしょう。
私は後者よりですが、科学全般に対する興味が失われているのは寂しいです。
理系に没頭する子の心配はしていません。高校のときから、やりたいことを見つけられるのはすばらしいことです。
それよりもこの文章は「理系に進んでいる子でも、大多数は科学に対する下地を持っていない。文系になれば見向きもしていないのではないか」という意味に思えました。
日本の学生は、今も受験が人生の第一にあります。文系に進む子、進学しない子は「それを知って何か得があるの?」と科学など最初からないように扱っている印象があります。
暴論を承知でいえば、私は理系の受験に諦めた子ほど「受験の理系科目は捨てたから、堂々と科学の入り口を学べる」と思える社会が必要だと思います。
機械はどう動いていて、どういう生き物がこの世界にはいて、自分の体はどう動いているのか。
「科学らしいもの」に対する興味は、浸透していても「科学」は敬遠されています。
科学をはじめるのに年齢は関係ありません。科学は知識量をはかるためのものでもなければ、競争の道具でもないはずです。
親は、自分が科学に興味をなくしたまま、子供には科学への興味を求めます。進学のため、お金のためにです。
「学校を出たら科学など金のために開発を続けている人だけが学べばいいもの」とする社会の見方にこそ不安を抱きます。